カテゴリー「論文・エッセイ」の16件の記事

ブログ 夢を追い続ける車椅子の弁護士吉峯康博

 先日(2008年5月10日)、日弁連において「採用情報説明会~弁護士のあり方を地域から考える~」が行われました。 
 この中で、パネルディスカッションが行われ、大変素晴らしい内容でした。

 吉峯先生のブログに5月10日のシンポジウム「地方から弁護士のあり方を考える」の記事が掲載されています。吉峯先生のブログはいつも充実していて,読む方も元気になりますね。

ブログ を追い続ける車椅子の弁護士吉峯康博
http://yoshimine.dreama.jp/

記事 『市民の駆け込み寺』は足りるのでしょうか?
http://yoshimine.dreama.jp/blog/158.html

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「難解な法解釈と裁判員裁判」刑事法ジャーナル11号

 本日,刑事法ジャーナル11号が届きました。

 特集のテーマは「難解な法解釈と裁判員裁判--責任能力に関する模擬裁判を通して」であり,森一郎事件の模擬裁判を素材にして,裁判官,検察官,弁護人の立場から報告が寄せられています。弁護人の報告は,私が執筆しました。3名が別々に執筆したため,内容的に重複する部分もあり読みづらいですが,それぞれの立場から立ち入った分析がなされています。

 たとえば,責任能力の判断基準について,従来は,弁識能力と制御能力の二つの基準が用いられてきましたが,駒田裁判官は「自己の判断で犯罪をおかしたかどうか」という基準を提案しています。ただ,森一郎事件では,被告人に殺意が認められることは前提なのですから,「殺すつもりはあったが,自分の判断で殺したのではない」などという心理状態が想定できるか疑問です。裁判員にも理解されないでしょう。これまでの模擬裁判を傍聴していても,「弁識能力」と「制御能力」という二つの基準は,それなりによく考えられており,わざわざ言い換える必要はないのではないか,という意見がかなり有力でした。

 また,評議において,責任能力に関する裁判例等を配布することは,いい提案だと思います。ただ,その場合には,量刑資料と同じで,事前に検察官と弁護人に示しておくべきでしょう。たとえば,公判前整理手続において,検察官と弁護人に対し,いくつかの裁判例を示しておけば,論告や弁論で,どの判例と似ているとか,どこが違うという議論が可能になります。それをしないと,検察官から大量に心神耗弱の裁判例が提出され,評議が混乱してしまうかもしれません。裁判例を利用する場合には,きちんとルールを定めておく必要があるでしょう。

 ほかにも,面白い議論がなされています。興味のある方は,お読みください。

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スタッフ弁護士のブログ

 スタッフ弁護士のブログが開設されたようです。こういう自主的な情報発信はいいですね。自由と正義の「リレーエッセイ」や「草創期」もいいのですが,対象が弁護士に限られていますし,発行頻度や文字数の制約があります。ブログでしたらロースクールの学生や司法修習生も気軽に読むことができるでしょう。

 私も,公設事務所に赴任したばかりのころ,「月刊ひまわり弁護士」というメールマガジンを発行していたのを思い出します。リレーエッセイに「このメルマガを読んだ人の中から,ひまわりに赴任する人が現れるだろう」と書いたのですが,その後,原稿を集めるのが難しくなり,1年余りで廃刊になってしまいました。今でもときどき,「メルマガはやめたんですか」と聞かれることがあります。ブログの方が気軽でいいですね。

 司法修習生と話をしていると,公設事務所や法テラスに興味はあるんだけど,「実際のところどうなんですか?」と聞かれることが多いです。実際のところどうなのかは,現場を見て,話を聞いてもらうのが一番です。ただ,身近にいないということであれば,こういうブログを読んでいただくのがよいでしょう。日常の業務の中で,また生活の中で,生き生きと働き,遊んでいる姿が見えてくるはずです。

スタッフ弁護士のブログ
http://ameblo.jp/staff-lawyers/

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「刑事裁判を創る 模擬裁判のすすめ」全友ニュース(未刊)

 裁判員制度は,すべての弁護士にとって未知の課題である。その意味では,1年目の弁護士も,30年目の弁護士も,同じスタートラインに立っている。むしろ,若い弁護士の方が従来の実務にとらわれず,斬新な発想を取り入れることができるかもしれない。まだ今年の夏頃までは模擬裁判が予定さている。せっかくの機会だ。ぜひ若い弁護士に積極的に参加していただきたいと思う。来るべき裁判員裁判を創るのは,私たちなのだから。

 「刑事裁判を創る 模擬裁判のすすめ」全友ニュース(未刊)をアップロードしました。第二東京弁護士会の全友会という団体の機関誌に投稿したものです。森一郎事件を素材として,裁判員裁判のプラクティスについて論じています。特に目新しいことが書いてあるわけではないですが,若い読者が読むことを想定して,読みやすさに配慮しました。興味のある方は,ご覧ください。

(2008年3月5日リンクを修正しました。)

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「大量増員時代の行き方--弁護士過疎地のオンリーワン」神奈川大学法科大学院講演録(録音反訳)

 そうした弁護士達が集うセンターのような事務所,都市型の公設事務所ができたらいいなと思っています。先日,台湾の法律扶助協会のスタッフ弁護士が日本に来たそうです。日本だけではなく,今やアジア各国にも,こうした公益的な仕事に取り組む弁護士が生まれつつある,ということです。そうすると,国際的なリーガルセンターの拠点として,人材や情報を集めて,アジア各国のリーガルアクセスが保障されていない人達のために働く弁護士が集う法律事務所ができないか。また,そうしたリーガルセンターが設置されるたとえば東京でも,外国人や難民の人達のリーガルアクセスはまだ保障されていません。言語の問題,文化の問題があり,なかなか弁護士にアクセスすることができません。そうした外国人や難民の問題に取り組むと同時に,国際機関に出て行く,海外の同じような志をもった弁護士と交流する,そんなことができればと思っておりました。わくわくしますよね。

 私はそんなふうに夢を膨らませているところです。志を同じくする仲間とともに,誰もがリーガルアクセスが保障される社会を夢見て,弁護士の新しい可能性を切り開いて行けたらどんなに素晴らしいだろうと思っています。

 ひさびさにホームページを更新しました。まず,昨年10月に神奈川大学法科大学院で行った「大量増員時代の行き方--弁護士過疎地のオンリーワン」の講演録(録音反訳)です。前半は私の講演ですが,後半は神奈川大学法科大学院の阿部浩己先生,日弁連地域司法計画推進本部副本部長の間部俊明先生とのパネルディスカッションになっています。興味のある方は,ご覧ください。

(2008年3月5日リンクを修正しました。)

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間部俊明「地域密着型法科大学院と弁護士過疎解消」法学セミナー638号(2008年2月号)

 先日,神奈川大学法科大学院で,「大量増員時代の生き方--弁護士過疎地のオンリーワン」と題して,講演とパネルディスカッションを行いましたが,その報告記事が法学セミナーに掲載されました。

 執筆してくださったのは,神奈川大学法科大学院の間部先生(弁護士,日弁連地域司法計画推進本部副本部長)です。

 当初,間部先生から依頼を受けたとき,「法科大学院」と「弁護士過疎解消」が上手くつながるのだろうかと不安でしたが,間部先生の適切な進行と,法科大学院委員長の阿部浩己先生(国際人権法で著名です。)のコメントに助けられ,エキサイティングな議論になりました。興味のある方は,記事をお読みいただければと思います。

神奈川大学大学院法務研究科講演「大量増員時代の生き方--弁護士過疎地のオンリーワン」
https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=21044316&blog_id=267799

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「森一郎事件 わかりやすいだけでは裁判員の納得は得られない」季刊刑事弁護53号78頁

 季刊刑事弁護53号の「連続特集 裁判員裁判をどう闘うか3 裁判員裁判における尋問技術」に,森一郎事件の報告を投稿しました。

 森一郎事件は,統合失調症の被告人が妄想に支配されて,レンタカー会社の社員(被害者)を殺害してしまったという殺人被告事件です。模擬裁判では,統合失調症者の責任能力が問題となり,(1)公判前整理手続における鑑定手続実施決定(裁判員法50条),(2)裁判員に対する裁判長の説明(同法66条5項),(3)裁判員にわかりやすい立証(裁判員規則40条)などが問題となります。

 本特集との関係では,(3)わかりやすい立証という観点から,鑑定の経過及び結果の報告の方法(鑑定結果の公判顕出方法)が問題となり,鑑定書の朗読によるべきか,鑑定人の尋問(証人尋問又は鑑定人尋問)によるべきか。また,鑑定人の尋問を行う場合でも一問一答(刑訴規則199条の13第1項),交互尋問(刑訴法304条3項,刑訴規則199条の2),個別尋問(刑訴規則123条)の方法によるべきか,物語式尋問,裁判所がまず尋問する方法(刑訴法304条1項),対質尋問(刑訴規則124条)によるべきか。更には,書面による報告ではなく,口頭による鑑定結果の報告(刑訴規則129条1項)を求めることはどうか,といったことが問題になります。

 私が弁護人をつとめた東京地裁のフル企画模擬裁判では,鑑定書の朗読と,鑑定人(横山医師)の尋問(証人尋問)が併用されましたが,現在進行中の全員参加型模擬裁判では,裁判長がまず尋問する方法,簡易鑑定人(太田医師)と鑑定人(横山医師)の対質尋問を行う方法などが試みられるようです。また,鹿児島地裁の模擬裁判では,鑑定人がプレゼンテーションソフトを用いて,鑑定結果を報告する方法(鑑定書は取り調べない)を用いたこともあったようです。

 こうした工夫は概ね裁判員には「分かりやすい。」と好評でしたから,鑑定書の内容は「理解」されたと評価してよいと思います。しかし,最終的な評議の結果をみると,「心神耗弱」が5名,「心神喪失」が1名であり,必ずしも鑑定結果は受けいられていません。つまり,「分かりやすい」だけでは,「裁判員の納得は得られない」のではないか,と考えられるのです(偶然にも,間光洋『専門家に対する主尋問の課題』も全く同じ問題を指摘しています。)。

 たとえば,検察官は「著しく障害」は「△」,「失われていた」は「×」などと単純化した図表を証人尋問や論告で用いましたが,こうした過度な単純化は表層的な理解に陥りがちで,本質的な理解ないし納得に到達することをむしろ妨げるのではないでしょうか。裁判員の1名が「腑に落ちない」と繰り返していたことが印象に残りました。こうした経験を踏まえて,「わかりやすい」だけではなく「裁判員の納得が得られる」ように,書証の朗読や尋問方法だけでなく,冒頭陳述から弁論に至る一連の説得のプロセスを工夫することが必要なのではないでしょうか。

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桜丘法律事務所 採用面接(新61期)

 桜丘法律事務所では,弁護士の採用面接を,1月26日(土),27日(日)に行います。対象は新61期司法修習生で,採用予定は1名です。ひまわり基金の公設事務所か,法テラスのスタッフ弁護士に就任する意思があることが条件です。熱意ある司法修習生の方々のご応募をお待ちしています。

 新61期の弁護士採用面接は2008年1月26日、27日の両日に行う予定です。新61期からの採用予定は1名。1年程度のトレーニングの後、事務所の選択に従って法テラス又はひまわり公設事務所のいずれかに赴任する意思のある方を採用します。

 面接を希望される方は2008年1月7日以降1月24日までに履歴書(電子メールアドレス必須)と志望理由書(書式自由)をお送り下さい。送付(送信)方法は、郵送、FAX、電子メールのいずれでも結構です。折り返しお出で頂く時刻を指定させていただきます。

 電子メール送信先アドレスishimaru@sakuragaoka.gr.jp 

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コラム 裁判官の定員

 08年度予算の財務省原案について、額賀福志郎財務相と各閣僚らとの復活折衝が22日行われ、復活折衝が終了した。裁判員制度導入に備え、裁判官や書記官計175人(純増75人)の定員増などが認められた。政府は24日午前の閣議で政府予算案を正式決定する。
(毎日新聞)
 法曹人口が飛躍的に増大したのに,裁判官人口が増加していない,という指摘がしばしばなされます。

 司法制度改革審議会意見書(2002年)は,「2004年に合格者数年間1500人,2010年ころには年間3000人達成を目指すべきである」「おおむね2018年ころまでには,実働法曹人口5万人規模に達することが見込まれる」として,法曹人口の大幅な増加を提言しました。法曹人口とは,「弁護士,裁判官,検察官人口」のことですから,法曹人口の増加という場合には,「裁判官,検察官人口の増加」も含まれることになります。

 このことを踏まえ,意見書は,裁判官の定員についても「全体としての法曹人口の増加を図る中で、裁判官、検察官を大幅に増員すべきである」と提言していました。また,最高裁判所から提出されたペーパーでは「事件数がおおむね現状どおり推移するとしても,向こう10年程度の期間に500名程度の増員」が必要であり,「更に事件数が増加すれば,それに対応する増員」が必要であるとの試算が示されていました。

司法制度改革審議会意見書
http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/index.html

最高裁判所・裁判所の人的態勢の充実について
http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/dai57/pdfs/57bessi1.pdf

 では,じっさいに裁判官の定員は増えているのでしょうか。

 裁判官の定員は,2002年は45名,2003年は45名,2004年は52名と漸増し,近年は毎年75名(判事45名,判事補30名)の増員となっています。したがって,司法制度改革審議会意見書の提言した「10年間で500名+アルファ」のペースでは増えていることは間違いありません(裁判官の定員は、裁判所職員定員法で定められていますので、簡単に知ることができます。)。

最高裁判所・司法制度改革推進計画要綱
http://www.courts.go.jp/about/kaikaku/keikaku.html

法務省・裁判所職員定員法の一部を改正する法律案要綱
http://www.moj.go.jp/HOUAN/SAIBANSYO06/refer01.html

  しかし,法曹人口が毎年3000人増加するのに,裁判官定員が75人しか増加しなくて十分なのでしょうか。

 わが国の法曹人口は、1900年には弁護士1590人に対して、裁判官1244人でしたが、1950年には弁護士5883人に対して裁判官2261人となり、1997年では弁護士1万6305人に対して裁判官2841人となっています。約100年間で弁護士が10倍以上に増えているのに、裁判官はわずか2倍になったに過ぎません(金子=竹下『裁判法(第四版)』229頁)。

 司法制度改革審議会意見書によれば、実働法曹人口は10年後の2018年ころまでに5万人に達し、弁護士人口は現在の2倍近くに増加することになりますが、裁判官人口は現在の1.5倍程度にとどまると予想されます。意見書の提言した「10年間で500人+アルファ」という数字自体が果たして十分な数であったかどうかが問われるべきではないでしょうか。

 また、裁判官定員を増加させるためには、その供給源を考えなければなりません。意見書は裁判官の給源を多様化・多元化させることを提言していましたが、給源の中心として期待されていたのが弁護士任官です。日弁連も、これまで以上に弁護士任官の推進に取り組む必要があるのではないでしょうか。

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地家裁支部における司法アクセス拡充のために(第2回全国支部問題シンポジウム報告)

(司法改革最前線68号からの転載です。)

 第2回支部シンポでは,「地家裁支部における司法アクセス拡充のために弁護士・裁判所にどのような取り組みが求められているか」をテーマに,土屋美明氏(共同通信),佐藤岩夫氏(東京大学),安東章氏(最高裁判所総務局事務総局第一課長)にご出席いただいて,議論が行われた。

 裁判官の配置については,安東氏から「裁判所は,事件数,事務処理状況から見た業務量に応じ,裁判官を配置してきている」という説明がなされたのに対し,佐藤氏から「弁護士・裁判所は地域の問題解決のために固有の役割を果たしており,費用対効果の観点だけで考えるべきではない」という意見が出された。また,公設事務所に赴任した会員から「事件数が増えている支部については,裁判官を常駐させてもらいたい」という意見があった。

 刑事合議事件や執行事件の本庁集約の問題については,安東氏から「弁護士会の了解も得ずに裁判員裁判対象事件を一律に本庁に起訴する動きには,支部設置規則の趣旨に照らし改善を求めている。執行事件は当事者の出頭が必ずしも必要的ではなく,不動産競売の売却率を向上させるために,本庁に集約させている支部もある」という説明がなされた。これに対しても,公設事務所に赴任した会員から「地域の住民にとっては,執行異議等で争うことが困難になるなど不利益が生じている」「裁判員制度に協力を求めるためにも,裁判所は地域のサービスを充実させるべきではないか」との意見が出された。

 支部に裁判官を常駐させるための提案として,土屋氏から「キャリア裁判官ではなく,弁護士任官の非常勤裁判官を支部に配置してはどうか」という意見,弁護士任官等推進センターの中村雅人会員(東京)から「家事調停・民事調停については,非常勤裁判官に取り扱わせることも可能ではないか」という提案がなされた。「裁判官は毎年75名の定員増となっているが,弁護士任官を推進して支部にも配置していく必要がある」という意見もあった。

 今回のシンポジウムでは,中規模支部・大規模支部の問題について議論する時間が十分ではなかったが,地家裁支部の問題について最高裁判所と認識を共有すべく,議論する機会を持てたことには大きな意義があったと思われる。

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コラム 女性弁護士過疎問題

 わが国に女性の弁護士が誕生してから60年以上が経ち,女性弁護士も増えてきました。しかし,まだまだ圧倒的多数は男性弁護士であり,女性弁護士の比率は2割にも達していません。しかも,女性弁護士は大都市に集中しており,ほとんどの都道府県では1割以下にとどまっています。函館弁護士会のように女性弁護士がゼロの単位会もあります。つまり,女性弁護士の「過疎偏在問題」があるわけです。

 「弁護士は男性も女性も同じだ」という意見もありますが,女性の相談者が女性弁護士を求めるニーズがあることは間違いないようです。女性弁護士が所長をつとめる公設事務所は,家事事件の相談比率が高く,遠方から女性弁護士に相談するために来所する相談者も少なくない,と聞いています。とくに離婚やDVの相談や,性犯罪の被害者の相談などは,女性弁護士の方が適切であると言えるでしょう。

 では,どうして女性弁護士が都市に集中するのかと考えると,これまで,弁護士の主たるクライアントが企業であり,企業経営者に男性弁護士を求めるニーズがあったことが考えられます。他方,女性弁護士には家事事件の相談が多く,平均所得も男性弁護士より低かったとも言われています。ただ,それ以外で重要なのは,妊娠・出産・育児のため経営者になることに不安があったからでしょう。そのために多くの女性弁護士が共同経営者か勤務弁護士であり,単独経営者は少なかったようです。夫婦共同経営の事務所が多いことも,このことを示していると言えるでしょう。 

 妊娠・出産・育児は女性弁護士のみならず,自営業者である女性にとって避けがたい障害の一つですが(障害という表現に異論があり得ると思いますが,ここでは,このように表現することをご容赦ください。),そのために女性弁護士の地方への進出が妨げられ,地方の女性相談者が女性弁護士にアクセスすることができないとしたら,ゆゆしき問題です。女性弁護士個人の問題にとどまらず,司法アクセス及び男女共同参画という観点から日弁連が取り組むべき課題であると言えるでしょう。

 私は,公設事務所や法テラスが,こうした課題を解決する鍵になると考えています。公設事務所や法テラスは任期付きですから,受任事件を他の弁護士に引き継ぐことができます。したがって,2年ないし3年公益的事件に取り組んで,その後一定期間は休業する,という働き方が可能になります。また,法テラスの場合には,育休や産休をとることも可能です。実際に,ひまわりや法テラスのスタッフに占める女性の割合は,2割から3割に達しており,地方の弁護士会に占める割合を大きく上回っています。

 ただ,現実には,所長弁護士一人の事務所では休業することが難しい,という問題があります。しかし,本来,こうした問題は女性弁護士に限らず,怪我や病気の場合にも起こり得ることです。言い換えれば,公設事務所や法テラスの誕生により,新しい弁護士のスタイルが生まれている。こうした新しい弁護士のスタイルにあわせて,日弁連や法テラスが制度を整備しなければならない,という問題に直面しているのだろうと思います。

 私は,日弁連や法テラスが一定数の「遊軍弁護士」を確保し,緊急事態が発生したときに派遣できる体制を整備すべきだと考えています。所長弁護士に緊急事態が発生した場合,まずは地元弁護士会がまず支援に当たるはずです。所長弁護士の相談に乗ったり,事件を引き取ったりという支援が考えられるでしょう。しかし,地元弁護士会で対応できない場合には,日弁連や法テラスが速やかに後任弁護士を派遣する必要があります。

 もっとも,一定期間の休業すれば復帰できるため後任弁護士までは必要ない場合や,後任弁護士が確保できない場合もあります。こうした場合に,所長弁護士の業務をサポートするため,速やかに弁護士を派遣しようというわけです。これが「遊軍弁護士」のイメージです。

 こうした制度があれば,所長弁護士が怪我や病気のため入院したり,女性弁護士が妊娠・出産のため休業することも可能になります。そのため,所長弁護士は安心して日々の業務に取り組めます。この制度はまだ構想段階ですが,こうした制度があって初めて,公設事務所制度が完結することになるのだろうと私は考えています。

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田岡直博「『弁護士過疎地』は『医療過疎地』(その4)」

 このように言うと,地元の人からも反論がある。この町にも,病院があるおかげで助かっている人がいる。裁判を起こしたために,病院がなくなったらどうするのか。お医者さんがいなくなったら,年寄りはどこに通えばいいのか。お医者さんがいてくれるだけでありがたいと思いなさい。裁判なんて滅多なことをするもんじゃない--言葉に出さなくても,このような不安を持っている人は少なくない。

 しかし,果たしてそれでよいのだろうか。本来,医療サービスは全国どこでも均等に受けられるべきではないのか。たまたま生まれた場所が「過疎地」だからと言って,医療サービスを受けられなくても「仕方ない」のだろうか。同じように税金を払い,社会保険料を払っているのに,どうして同じ水準の医療が受けられないのだろうか。

 誰でも生活をしていれば,病気になることがある。だからこそ,病院がある。同じように,トラブルが起きるから,弁護士がいる。医者や弁護士は,社会の「セーフティーネット」である。こうしたセーフティーネットがあるからこそ,誰もが安心して生活することができる。こうしたセーフティーネットを整備することは,国や地方公共団体の役割ではないのか。その責任を地域住民に押しつけることには,疑問がある。

 宮古市の熊坂市長は,次のように述べている(朝日新聞「私の視点」)。「政府は医師過剰論を捨てる。医師会は弁護士過疎に取り組む日弁連の活動を見習う。医学部も専門医志向の教育方針を改め,家庭医の養成に努める。」「医師自身も,やりたい医療をやりたい場所でやっていたら日本の医療は早晩崩壊することに気付かなければならない」。なお,熊坂市長は内科医である。

 一人でも多くの弁護士・医師が,弁護士過疎地・医療過疎地に目を向けてくれることを願う。

(この原稿は,医療事故情報センターの「センターニュース」に掲載予定です。)

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田岡直博「『弁護士過疎地』は『医療過疎地』(その3)」

 病院があるのだから,医療事件の相談もある。過疎地だからと言って,都会と何ら変わるところはない。あるとき,こんな相談を受けた(事実関係は,大幅に変えてあります。)。

 夫が胸の痛みを訴えるので病院に連れて行った。お医者さんは,心電図を取って「異常はないから,帰っていい」と言った。夫は安心して家に帰り,就寝した。その日のうちに,急性心筋梗塞で亡くなった。後から調べてみたら,心電図に異常があったことが分かった。胸の痛みを訴えているのだから,急性心筋梗塞の可能性があることくらい分かりそうなものである。どうしてお医者さんは「異常はない」と言ったのか。疑問を持った奥さんが,私のところに相談に来た。これが,事件の始まりである。

 まず,医療文献を探すところから一苦労である。医療事件を扱う弁護士が近くにいない。医療文献が手に入る図書館もない。協力医も見つからない。宮古の事務所でも「今日の診療」のDVDは用意しているが,これでは全然足りない。私は会費をけちっている場合ではないと思い,医療事故情報センターに申し込んだ。文献・判例検索サービスを申し込むと,数日後に大量の文献が届いた。

 幸いにして協力医も見つかり,「入院して経過観察にするか,基幹病院に転送すべきであった」という意見書を書いてもらった。ところが,病院側の代理人は,あの忌まわしき「医療水準論」を大展開して,反論してきた。いわく「過疎地は都会とは医療水準が違うのである。鑑定医は都会の病院だからご存じないのだろうが,過疎地は医者が少なく,設備も整っていない。この程度の水準で仕方ない」というのである。私は,唖然とした。

 こう言っては何だが,私は「弁護士過疎地」で弁護士をやっている。簡単な事件から難しい事件まで,ありとあらゆる相談を受ける。その中には,難しい事件もある。医療事件なんて,その最たるものだ。「医療事件は専門ではありませんから」と言って断ることができれば楽だが,そんなことはできない。盛岡まで往復するのは一日仕事だし,盛岡にも医療事件専門の弁護士はいないのだから。相談を受けて,私が受任できる事件なら受任するし,手に負えないと判断したら都会の弁護士に紹介している。しかし私は,「弁護士過疎地だから水準が低くてかまわない」と思ったことは一度もない。弁護士として相談を受ける以上,間違っていればいつでも責任をとる覚悟でやっている。医師だって同じであろう。「設備」はともかく,「診察」の水準が違っていいはずがないではないか。

(この原稿は,医療事故情報センターの「センターニュース」に掲載予定です。)

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田岡直博「『弁護士過疎地』は『医療過疎地』(その2)」

 宮古に来てみて,「どこが『過疎地』なんだろう」と思った。私は,『ドクター・コトー診療所』みたいな,僻地や離島で働く医者をイメージしていた。ところが,宮古は人口6万人の「都会」だった。東京や名古屋にしか住んだことのない人には笑われるかも知れないが,四国生まれの私にとっては十分「都会」である。スーパーも,コンビニもある。ボーリング場はないが,ビリヤード場や映画館はある。もちろん,県立病院もある。いったい,どこが「過疎地」なのか。

 考えてみると,当たり前のことだ。こんな「都会」でさえ,弁護士がいないから,問題になっているのだ。子どもは学校に通い,お父さんは漁に出て,お母さんが浜で昆布の虫取りをする。あるいは,お父さんがコネクタの工場で働き,お母さんがスーパーのパートに出る。普通に生活をしていても,病気になったり,怪我をすることもある。そのために,病院がある。

 同じように,借金をしたり,交通事故にあうこともある。不幸なことだが,お父さんとお母さんが離婚することもある。おじいちゃんが亡くなって登記の名義を変えようと思ったら,「遺産分割」が必要なこともある。友だちが無免許運転で捕まることだってあるだろう。ところが,宮古には弁護士がいない。弁護士に相談しようと思ったら,100キロ離れた盛岡に行かないといけない。だからこそ,問題なのである。

(この原稿は,医療事故情報センターの「センターニュース」に掲載予定です。)

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田岡直博「『弁護士過疎地』は『医療過疎地』(その1)」

 3年前から,岩手県宮古市で弁護士をやっている。ここには,縁もゆかりもなかった。私は四国の生まれで,大学は京都,修習は福岡で,就職は東京である。はじめて東北に足を踏み入れたのは,宮古に来ることが決まってからだった。そんな私が宮古に来たのは,「宮古ひまわり基金法律事務所」の所長弁護士を募集していたからである。

 今では「ひまわり基金」も有名になったから,ご存じの方も多いと思う。先日,北海道放送で「さいはての向日葵」というドラマがあった。大塚寧々演じる女性弁護士が「ひまわり弁護士」として知床にやってきた。そこでは,弁護士が一人しかいない。仕事にのめり込むうちに,息子をかえりみる時間が減り,息子はいつしか孤独感を感じるようになって--というあらすじだ。

 ドラマに登場する「知床ひまわり基金法律事務所」は実在しないが,このような「ひまわり基金」の事務所は全国各地にある。「ひまわり基金」は,日弁連(日本弁護士連合会)が「弁護士過疎地域」に開設する法律事務所のことだ。北海道の根室から沖縄の石垣まで,全国で80か所に開設されている。「津々浦々にひまわりの花を」が,そのキャッチフレーズだ。

 私は修習中にこの制度を知り,その理念に感銘を受けた。「是非,弁護士過疎地で働きたい」と思った。東京で1年半の実務経験を積み,念願かなって「ひまわり弁護士」として宮古に赴任することになった。今から,3年前のことである。

(この原稿は,医療事故情報センターの「センターニュース」に掲載予定です。)

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川添南都子ほか 『司法制度改革の経済分析- 法曹拡大政策は司法サービスを充実させるか-』

 東京大学公共政策大学院の事例研究に,『司法制度改革の経済分析-法曹拡大政策は司法サービスを充実させるか-』という,興味深いレポートが掲載されています。

 「日本では訴訟があまり利用されていない。」と言われています。どうして,利用されないのでしょうか。

 かつては,「日本人は訴訟嫌いだからである。」と信じられていました。しかし,現在では,「日本の司法制度が利用しづらいからだ。」と考えられています。この考え方によれば,「司法制度が利用しやすくなれば,利用されるはずである。」ということになります。

 このレポートでは,「弁護士の数を増やすこと」「地域的な偏りをなくすこと」によって,「司法制度が利用されるはずである」という実証分析をしています。宮古でも,公設事務所ができて,訴訟件数が6倍に増えました。このことからも,実証分析の正しさが裏付けられるように思います。

 では,地域的偏在を解消するために,どうすればよいのか。これが,最大の問題です。

 このレポートでは,①ロースクールの学費免除(過疎地に赴任すると,ロースクールの学費を免除する制度をもうける),②ロースクールの地域的偏りの是正(地方のロースクールの設置基準を緩和したり,補助する制度をもうける)の二つを提言しています。

 ①は,過疎地に赴任する弁護士に,経済的な動機付けを与える制度です。これは,重要なことです。日弁連も,過疎地に赴任する弁護士に対する経済的な支援を行っています。

 ただ,経済的な動機付けだけで,過疎地に赴任する弁護士が増えるでしょうか。この問題に答えるためには,「どうして都市部に弁護士が集まるのか」を考える必要があります。棚瀬孝雄『弁護士の大都市集中とその機能的意義』は,「都市部で働くことに,(経済的な動機以外の)魅力があるからだ」という仮説を立てています。

 この考え方によると,過疎地で働くことに(都市部で働くのと同じか,それ以上に)魅力がなければなりません。赴任後に東京に戻って来られる保障があることや,スキルアップできることは,こうした魅力の一つです。「ひまわり弁護士」が成功したのは,松本三加さんの働き方が若い弁護士の共感を得たからではないでしょうか。

 ②ロースクールの地域的な偏りを是正することも,重要です。北東北には,ロースクールがありません。山陰や四国にはロースクールがありますが,合格者の数は多くありません。今後,ますます地方のロースクールは厳しくなるでしょう。自治医大のように,地方自治体が都市部にロースクールを設置することは考えられないでしょうか。

 より現実的なのは,過疎地の事務所で,司法修習生やエクスターンの学生を受け入れることです。「宮古ひまわり」では,毎年,早稲田ロースクールから学生を受け入れています。見学した学生の多くは,「地方の弁護士のイメージが変わった」「私も公設事務所で働きたい」と言って帰ります。こうした学生の中から,明日の「地域司法」を担う人材が生まれることでしょう。

東京大学公共政策大学院 事例研究(マクロ経済政策Ⅱ・解決策分析)
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/courses/2006/40240/index.htm

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