裁判所があるのに弁護士が一人もいない「弁護士ゼロ地域」が解消されることになった。福岡地裁柳川支部管内で今月1日、弁護士が事務所を開き、最後に残った大津地裁長浜支部管内でも6月に弁護士が開業する。開業資金の貸し付けなどの施策を講じてきた日本弁護士連合会は今後も地方の弁護士育成を進め、都市部に偏在する状況の緩和を目指す。
本年6月2日に「弁護士ゼロ地域」が解消される予定です。「弁護士ゼロワン地域」とは,地方裁判所支部単位で弁護士が0又は1人の地域のことをいいます(なお,韓国では「無弁村」という言葉を使っているそうです)。
「弁護士ゼロワン地域」という言葉がはじめて公式に使われたのは,1993(平成5)年に開催された日弁連の第8回業務改革シンポジウム(香川県高松市)です。そこで発表された「弁護士ゼロワンマップ」は,全国の地裁支部の37%に相当する74支部は「弁護士ゼロワン地域」であると指摘し,マスコミで「法の隙間」として報道されるなど,大きな反響を呼びました(なお,全国の地方裁判所支部は203か所あります)。
日弁連は,1996(平成8)年の定期総会において,「弁護士過疎地域における法律相談体制の確立に関する宣言」(「名古屋宣言」と呼ばれています)を採択し,「弁護士過疎・偏在問題の解決のために全力をあげて取組むことを決意するとともに,当面の措置として5年以内に,いわゆる0~1地域を中心として緊急に対策を講ずべき弁護士過疎地域に法律相談センターを設置するなど,市民が容易に弁護士に相談し,依頼することができる体制を確立するよう最善を尽くす」と宣言しました(なお,1996(平成8)年4月の弁護士ゼロ地域は47か所,ワン地域は31か所でした)。
日弁連は,弁護士過疎地域を解消するための活動資金として,1999(平成11)年に東京弁護士会から寄付を受けて「ひまわり基金」を設置し,同年の定期総会において日弁連の全会員から毎月1000円の特別会費の徴収を採択しました(その後,特別会費の徴収額は,1500円,1400円に増額,減額されました)。2000年の定期総会において「司法サービスの全国地域への展開に関する決議」を採択し,それに基づき,2001年に「司法サービスの全国展開に関する行動計画」を策定しました。そして,ゼロワン地域を中心とする弁護士過疎地域に法律相談センター,公設事務所の設置を進めてきました。
また,2006(平成18)年には日本司法支援センター(法テラス)が業務を開始し,司法過疎対応地域事務所(法30条1項4号所定の業務を行うので,「4号業務対応地域事務所」と呼ばれています)を開設し,常勤スタッフ弁護士を配置するようになりました。日弁連は,そこでも,常勤スタッフ弁護士を確保,養成及び支援する重要な役割を担って来ました。
更に,2007(平成19)年には「弁護士偏在解消のための経済的支援」のパイロット事業が承認され,2008年(平成20)年1月から正式に,弁護士偏在地域に独立開業する弁護士(偏在対応弁護士)の支援及び偏在対応弁護士を養成する弁護士に対する支援を開始しています。
こうした日弁連の弁護士過疎対策により,弁護士過疎対策は大きく進展しました。現在,法律相談センターは全国に308か所(そのうち,ひまわり基金の援助を受けているセンターは138か所),弁護士常駐型公設事務所は延べ86か所(そのうち,定着した弁護士常駐型公設事務所は15か所),ひまわり基金の定着支援は17件(そのうち,弁護士法人の定着支援は2件)法テラスの司法過疎対応地域事務所は15か所,拠点事務所は1か所,独立開業支援を利用して定着した弁護士は5名にのぼります。
それにともない,「弁護士ゼロワン地域」は急速に減少し,2008(平成20)年4月1日現在,「弁護士ゼロ地域」は2か所,「弁護士ワン地域」は22か所となりました。残された2つの「弁護士ゼロ地域」のうち,福岡地裁柳川支部と大津地裁長浜支部についても,本年5月及び6月を目途に定着する弁護士が現れる予定です(福岡地裁柳川支部には,5月1日に弁護士登録が行われました)。そして,最後の弁護士ゼロ地域である大津地裁長浜支部にも,薮下さんが独立開業されることになりました。
「弁護士ゼロワンマップ」の発表から15年,名古屋宣言から12年を経た今年,「弁護士ゼロ地域」は解消されることになったのです。全国のすべての地方裁判所支部には最低でも1人は弁護士がいるということであり,きわめて大きな意義があると思います。
日弁連で弁護士過疎問題に取り組む田岡直博弁護士は「法科大学院との協力なども考えていきたい」と話している。
ただ,これですべての問題が解決したわけではありません。
依然として,新人弁護士の約50%は東京に就職しており,弁護士の大都市集中傾向は変わっていません。地方に定着(独立開業)する弁護士が現れることは理想的ですが,地元ならではのやりづらさもあります。家族の理解,生活の不安等から定着が難しい地域もあるでしょう。いったん定着しても,その後に転出したり,高齢や病気のために廃業してしまうこともあるかもしれません。
ひまわり基金公設事務所や法テラスのスタッフ弁護士は有効な方策ですが,あくまで任期制の事務所ですから,後任の弁護士を確保し続けなくてはなりません。司法修習生やロースクールの学生を,ひまわり基金公設事務所や法テラスで受け入れることも考える必要があるでしょう。また,事務所が増えてくると,当然採算が取れないために日弁連等による資金援助が必要な事務所も出てくるでしょう。制度を安定的に運営するためには,「人」と「金」の問題は避けて通れません。
また,弁護士過疎地域のとらえ方も,変えていく必要があるでしょう。地方裁判所支部単位での「弁護士ゼロワン地域」だけを問題にするのではなく,独立簡易裁判所・家庭裁判所出張所の所在地の中にも,弁護士が必要な地域もあるでしょう。そもそも裁判所の配置や管轄が,地域の実情に合致していない,という問題も以前から指摘されています(たとえば,水戸地裁麻生支部など)。弁護士が2人いれば足りる,ということではなく,実質的に地域住民のニーズに応えられることが重要です。
弁護士の中には,さまざまな理由から「法テラスと契約しない」「刑事事件はやらない」「債務整理はやらない」という弁護士もいます。また,女性の弁護士の多くは大都市や県庁所在地に集中しており,女性弁護士が不足している,という問題もあります(女性弁護士の大都市集中傾向は男性のそれより顕著であり,函館弁護士会のように,女性弁護士が1人もいない単位弁護士会もあります)。「弁護士ゼロワン地域」を解消したら終わり,ということではなく,地域住民のニーズに応える人的・物的な体制を整備することが必要でしょう。
そのためには,弁護士を増やすだけでは不十分であり,ひまわり基金や法テラスなどの施策と同時に,裁判所・検察庁や地方自治体の体制等を充実させていくことが必要になります。過疎地の地方裁判所支部の多くは裁判官が常駐しておらず,本庁や近隣の支部から出張して来ています。そのため,開廷日が週1回,週2回という支部が少なくありません。もっとも開廷日が少ないのは,松江地裁西郷支部で,年8回(3か月に2回)しか開廷されていません。
また,地方自治体の法律相談事業も,厳しい財政状況のため縮小傾向にあります。多重債務や高齢者・障害者問題など,弁護士と自治体の連携が求められる分野はまだまだあります。限られた予算と人員を活用して,効率的に司法システムを機能させるための工夫が求められることになるでしょう。電話会議やテレビ電話会議システム等の技術も活用すべきでしょう。裁判官不足の問題について言えば,弁護士任官や非常勤裁判官が,自治体の法律相談事業については,弁護士と各部署の連携・協力(ネットワーク)が,ひとつの鍵になるはずです。
このように残された課題は少なくありませんが,それでも,日弁連・法テラスの弁護士過疎対策は大きな成果をあげてきたことは間違いありません。これまでの歩みを後戻りさせることなく,今こそ,これからの弁護士過疎対策のあり方を展望することが求められている,と言うべきでしょう。
毎日新聞の記事
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080508ddm012040027000c.html